ミディアムスローテンポで歌われるメジャーなバラードで派手な曲でなく、ヒットはしなかった。だが、1940年代以降のモダン・ジャズ時代になると通好みのひねった曲調が特にジャズ歌手やピアニストに好まれるようになり、それ以来ジャズ・スタンダードとして半世紀以上も歌い継がれている。
続編
『風と共に去りぬ』を完結した作品とみなしていたミッチェルは、多くの人から勧められても決して続編の筆を取ろうとせず、1949年に交通事故で他界してしまった。夫、ジョン・マーシュ(John Marsh)の手にわたった『風と共に去りぬ』の著作権は1952年、ジョンが死去すると兄のスティーブンズ・ミッチェル(Stephens Mitchell)が相続し1983年、スティーブンズが死去すると子(つまり、マーガレットの甥)であるジョー・ミッチェル(Joe Mitchell)とユージェン・ミッチェル(Eugene Mitchell)に引き継がれた。
ミッチェルの相続人たちが恐れたのは2011年に『風と共に去りぬ』の著作権が切れた後、誰もが競って
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を書き始めるという状況が現出することであった。悪くすると、南北戦争の仇敵である北部出身者や三流作家が執筆してしまうかもしれない。実際、アン・エドワーズのような例(映画の脚本として続編を書くが裁判の結果、続編の公開を阻止)もある。このような懸念からミッチェルの相続人たちは、先手を打って続編の出版を企画して1991年、リプリーの『スカーレット』が誕生した[1]。
しかし、『
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』は世界的な大ベストセラーとなりテレビドラマ化されるなど商業的な成功を収めたものの、作品自体に対する世評は厳しいものがあった。そこで1995年、イギリスの作家であるエマ・テナントに続編の執筆が依頼された。執筆には『風と共に去りぬ』の全体的なトーン、人物設定や背景を踏襲するという条件が付され、更に白人と黒人の結婚は禁止、同性愛や近親相姦についての言及も禁じられた。テナントは『タラ』と題する575ページの原稿を書き上げたが、「感覚がイギリス的過ぎる」という理由で
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の相続人側から却下され出版も差し止められてしまった。その後アトランタ生まれの作家であるパット・コンロイにも続編の執筆が打診されたが、契約書中の同性愛等の描写を禁止する条項が作家として自由を妨げるものとして彼はこの依頼を引き受けることはなかった。
更に続編の執筆者探しの試みは続けられ、南北戦争を舞台にした小説で評価されたドナルド・マッケイグに白羽の矢が立った。今回は過去の失敗を踏まえ、現代までの性や人種に関する人々の意識の変化を作品に反映することを容認し内容に過度の干渉を加えないよう、配慮がなされた。マッケイグはスカーレット・オハラではなくレット・バトラーの視点で続編を書き上げ、2007年にアメリカで『レット・バトラー』が刊行された
『悲しみよこんにちは』(かなしみよこんにちは、原題:Bonjour Tristesse)は、1954年に発表されたフランスの作家フランソワーズ・サガン作の小説。
概要
サガンが18歳のときに出版された処女作である。
包茎
は詩人・ポール・エリュアールの一節から採られている。17歳の少女セシルがコート・ダジュールの別荘で過ごす一夏を描き、世界的なベストセラーとなった。
あらすじ
ヒロインの
脱毛
と鰥夫(やもめ)である父のレエモンはコート・ダジュールの別荘で夏を過ごしていた。セシルは近くの別荘に滞在している大学生のシリルと恋仲になる。そんな彼らの別荘に亡き母の友人のアンヌがやってくる。アンヌは聡明で美しく、セシルもアンヌを慕う。だが、アンヌと父が再婚する気配を見せ始めると、アンヌは母親然としてセシルに勉強のことやシリルのことについて厳しく接し始める。セシルは今までの父との気楽な生活が変わってしまったり、父をアンヌに取られるのではないかという懸念に駆られ、アンヌに対して反感の気持ちを抱くようになる。やがて、セシルは父とアンヌの再婚を阻止する計画を思いつき、シリルと父の愛人エルザを巻き込んで実行に移すが…。
『カラマーゾフの兄弟』(ロシア語: Братья Карамазовы)は、フョードル・ドストエフスキーの最後の長編小説。1879年に新聞に連載され、1880年に単行本として出版された。『罪と罰』と並ぶドストエフスキーの最高傑作である。この作品に題をとった映画や劇が数多く作られている。
概要
複雑な構成を持つ長大な作品で、信仰や死、国家と教会、貧困、父子・兄弟関係などさまざまなテーマを含む深遠な思想小説である。イワンがアリョーシャに語る「大審問官」は特に有名。
監視カメラ
自身による前書きにもあるとおり、当初の構想ではこの小説はそれぞれ独立したものとしても読める二部によって構成されるものであったが、作者の死によって第二部(第一部の13年後の物語)は書かれることなく中絶した。ただし、小林秀雄は「
粗大ゴミ
というようなものがまったく考えられぬほど完璧な作品」と評している。 ちなみに続編に関しては、創作ノートなどの資料がほとんど残っておらず、友人知人に宛てた手紙に物語のわずかな断片が記されているのみである。ドストエフスキー本人は続編制作への意欲を手紙に書き表していたが、その3日後に病に倒れた。残された知人宛への手紙では、「アリョーシャがリーザとの愛に疲れ、やがてテロリストとなり、断頭台へのぼる」というようなあらすじが記されてあったらしいが、異説も出されている。いずれにせよ、続編の真相は闇の中である。
哲学者ウィトゲンシュタインは「『カラマーゾフの兄弟』を最低でも50回は精読した」と言っている(第一次世界大戦従軍時の数少ない私物の一つが『カラマーゾフの兄弟』だったため)。
2006年から2007年にかけては、新訳(亀山郁夫訳)が古典文学としては異例のベストセラーになり話題となった。ただしこれについては、その後、国際ドストエフスキー学会副会長・木下豊房から、余りに誤訳が多いなどの批判がなされた[1]。また、東京大学の教員を対象に行われたアンケートでは、全ての分野の本の中で『カラマーゾフの兄弟』が「新入生に読ませたい本」の1位に選ばれた。
[編集] 登場人物
フョードル
カラマーゾフ家の家長。強欲で好色な成り上がり地主。モデルは、ドストエフスキー自身の父親である(彼の父親は、強欲好色というより、癇癪持ちの暴君だったという)。
ドミートリイ(ミーチャ)
フョードルの長男。27歳。退役軍人。放埒で堕落した生活から抜けきれない、直情型の人物。フョードルの企みによって、自分の全財産がどれほどなのか知らぬままありったけの金を使い込み、それによってカテリーナに3000ルーブルの借金をしてしまう。さらにグルーシェンカをめぐってフョードルと醜悪な争いを繰り広げ、それが最悪の結果を呼び起こす。
イヴァン(ワーニャ)
フョードルの次男。24歳。後妻の子。理科大を出た知識人。合理主義・無神論を気取っている。彼が語る『反逆』、『大審問官』、そしてその中の「神がいるのであれば、どうして虐待に苦しむ子供たちを神は救わないのか?」との現実性に迫る言葉は、この作品のテーマをもっとも如実に表したものとして有名。
アレクセイ(アリョーシャ)
フョードルの三男。後妻の子。神の愛によって肉親を和解させようとする。純情で真面目な美青年。ゾシマ長老の命で、彼の死後は俗世に還俗する。
スメルジャコフ
カラマーゾフ家の料理番。フョードルの隠し子(とされる)。イヴァン独特の無神論に心酔している無神論者。てんかんの発作という持病を抱えている。
アグラフェーナ(グルーシェンカ)
妖艶な美貌を持つ奔放な女性。ドミートリイとフョードルのどちらともが狙う妖艶な美女だが、どっちつかずの態度を崩さない。かつては清純な娘で、婚約者に捨てられた過去がある。
カチェリーナ(カーチャ)
ドミートリイの元上司の令嬢。ドミートリイの婚約者。高慢で自尊心が非常に高く、ドミートリイを愛するというよりは哀れな婚約者を一途に救う令嬢という自分の立場に酔っている節がある。後に裁判で、ドミートリイを救うため証人として出廷したが…。
ゾシマ
アリョーシャの修道院の長老。余命幾許もない。聖人君子とされ、修道院には彼のご利益にあやかろうとする人でいつもあふれている。だが、死後、彼の遺体によって、一つの事件が起こる。
地主フョードル・カラマーゾフの息子たち、性格がお互いにまったく異なる3人の兄弟ドミートリー、イワン、アレクセイ(アリョーシャ)と、フョードルの使用人で、その息子であるとは認められていないスメルジャコフの物語である。フョードルの殺害、また、その事件をめぐる裁判を描く。
直情的な性格の長男ドミートリイは、借金に悩み、遺産の相続や、グルーシェンカという女をめぐって父親と激しくいがみ合う。グルーシェンカのことが原因で、気位の高いカチェリーナとの婚約も破棄される。皮肉屋で知的な次男のイワンは、カチェリーナのことを愛しており、カチェリーナを冷たくあしらう腹違いの兄ドミートリイに憤る。皆に愛される性格の敬虔な三男アレクセイは敬愛する老僧ゾシマに導かれ、修道院での生活を始める。
フョードルが死体で発見されたとき、真っ先に嫌疑がかけられたのはドミートリイであった。人々はドミートリィの父親殺しを信じて疑わない。だが、ドミートリィは一貫して無罪を主張する。判決の前日にはスメルジャコフが自殺、直後にイヴァンが危篤と、周辺では不穏な事態が絶えない。そんな中、ついに運命の判決が下る……。